『言語と文化—言語学から読み解くことばのバリエーション』(くろしお出版)第3章を中心に、お話します。人が日常の社会生活を営む上で、他者と良好な人間関係を築くことはきわめて重要な行為です。ポライトネス(politeness 丁寧さ)に関する研究はこれまで数多く行なわれてきましたが、中でもPenelope BrownとStephen Levinsonの“Politeness: Some Universals in Language Usage”はよく知られた研究です。「『人は自らの欲求を満たすために理にかなった行動をする』という前提のもとで、他者との相互作用的行為のための様々なストラテジーを理解することが必要だ」とBrown and Levinsonは論じています。本講義では、まず最初に、待遇表現(social deixis)としての普遍的ポライトネスに、語用論の視点から焦点を当てることにします。「円滑な人間関係を維持するための社会言語行動」としてのBrown & Levinson(1987)のポライトネス理論は言語普遍性を強調するものですが、実際の言語使用においては、話し手と聞き手の心理的・社会的距離、両者の力関係や事象の重要度ばかりでなく、特定の文化内における特定の行為に対する考え方等の要素が複雑に絡み合ってくるものでしょう。ここでは、Blum-Kulka & House(1989)の場面・状況によるポライトネス行動の差異、Chen(1993)の英語話者・中国語話者による「褒め言葉に対する返答ストラテジー」の差異にも言及し、言語固有性という側面も検討することにします。さらに、ポライトネス行動の一環として、相手に呼びかける際に用いる呼称語を含めて日本語の敬意表現にも言及します。このように、言語普遍性と言語固有性を探る一環として、言語使用のルールを包括的に検討します。
【本講義の内容】
・イントロダクション
・「言語と文化」
・「人称代名詞が意味するもの」【Brown, R. & Gilman, A.】
・「待遇表現の運用」
[本講義では、まず最初に「自己」をどのように捉えるかを議論し、そこから一歩進んで、ヨーロッパ系諸言語における人称代名詞の選択(親密感・連帯感を表す2人称代名詞とフォーマル・儀礼的な2人称代名詞の使い分け)と、その背後にある人間関係とポライトネスの関係を分析したBrown, R. & Gilman(1960)を紹介します。]
【キーワード】
自己(をどのように捉えるのか)【(自立している)個人主義的な自己 vs. (他者とつながった)相互依存的な自己,西洋的な自己 vs. 東洋的な自己】,個人主義 vs. 集団主義,ロウ・コンテクスト文化 vs. ハイ・コンテクスト文化(Edward Hallが提示した概念),性差,人称代名詞,(親密感・連帯感を表す)二人称単数(T) vs. (フォーマル・儀礼的な)二人称複数(V),非対称・不均衡, スピーチレベル・シフト,(プラス方向の)敬語・素材敬語【尊敬表現 vs. 謙譲表現,Subject Honorific vs. Object Honorific】,美化語
【参考文献】
Brown, P., & Levinson, S. C. (1987). Politeness: Some universals in language usage. Cambridge, UK: Cambridge University Press.
Hall, E. T. (1976) Beyond culture. New York: Anchor.
【参考文献】
Blum-Kulka, S., & House, J. (1989). Cross-cultural and situational variation in requesting behavior. In S. Blum-Kulka, J. House, & G. Kasper (Eds.). Cross-cultural pragmatics: Requests and apologies (pp. 123-154). Norwood, NJ: Ablex.
【キーワード】
接辞,敬語の乱れ【例:「よろしかったでしょうか」(助動詞「た」の確認機能),サ入れ言葉(終わらさせて・しゃべらさせて・休まさせていただく)】,協調の原理(Grice's Cooperative Principle【量の公準(The Maxim of Quantity),質の公準(The Maxim of Quality),関連性の公準(The Maxim of Relevance),作法の公準(The Maxim of Manner)】,二重否定の「なくない」,方言,曖昧表現
【参考文献】
Grice, H. P. (1975). Logic and conversation. In P. Cole & J. L. Morgan (Eds.), Syntax and semantics, vol. 3: Speech acts (pp. 41-58). New York: Academic Press.